福岡高等裁判所 事件番号不詳〔1〕 判決
主文
原判決を左のように変更する。
第一審被告は第一審原告に対し、熊本県下益城郡富尾村外一村地内所在の格魯謨鉄ニツケル鉱石綿鉱区、面積二十万坪、熊本県試掘登録第四五五五号の試掘権につき、移転登録手続をせよ。
第一審被告の附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審(附帯控訴も含む。)共第一審被告の負担とする。
事実
第一審原告(以下単に原告という。)代理人は主文と同旨の判決を求め、第一審被告(以下単に被告という。)代理人は控訴につき控訴棄却の判決を求め、附帯控訴につき「原判決中被告敗訴の部分を取消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、原告代理人において「原告はその財産管理人として裁判所により選任された岡本大八の養子であつて、その応召出征に際し、右大八に後事一切についての包括的代理を委任したのである。大八には実子八一のあることは相違ないが、同町内のしかも近くに居住していたのであるから、被告の父で本件売買について被告の代理人であつた緒方権太郎において、応召出征した者を右八一と思ひ違いするはずはない。原告が昭和二十年八月十三日戦死したとの事実は否認する。」と述べ甲第四号証(原告の入営紀念として、町内にポンプの格納庫を寄贈した時の紀念写真)第五号証第六号証の一、二を提出し、当審における証人富田半伍、山本茂太の各証言及び不在者原告の財産管理人岡本大八の尋問の結果を援用し、乙第三、四号証の各成立を認め、被告代理人において「岡本大八には養子である原告の外実子の八一があつて、被告権太郎は、応召出征した者は原告でなくて右八一と思いあやまつていた。原告は既に昭和二十年八月十三日戦死しているのであるから、原被告間にその後の昭和二十一年二月二十八日本件売買が有効に成立するはずはなく、また昭和二十二年二月二十一日熊本区裁判所が大八を不在者原告の財産管理人に選任したのも無効である。」と述べ、乙第三、四号証を提出し、当審証人緒方権太郎の証言を援用し、甲第六号証の一、二の成立を認め、第四、五号証は不知と述べ、但し第四号証の写真中に、権太郎夫婦がうつつている事実は、これを認めた外は、いづれも原判決書当該摘示と同一であるから、これをここに引用する。
理由
第一審被告(以下単に被告という。)は第一審原告(以下単に原告という。)が請求原因として主張する「原告は昭和二十一年二月二十八日、被告から主文表示の試掘権を代金六千円で買受けた。」との事実を否認しているが、原告の父大八が原告の代理人として被告代理人である父権太郎との間に、右日時右試掘権(売買の目的物が持分全部か二分の一かの点は、これを除く。)を買受ける契約をした事実の存することは、その自陳するところであり、ただ、原告はこれより先昭和十九年十二月頃応召南方に出征したまま消息不明であつたから、大八の原告のための右買受け契約は、無権代理行為である、というだけのことであるから、これを検討する。なるほど原告が昭和十九年中応召南方に出征してその消息を絶つたことは、原告代理人の認めるところであるが、原審並びに当審における不在者原告の財産管理人岡本大八の尋問の結果によれば、右大八は原告が応召出征するに際し、父として原告からその後事一切についての包括的代理の委任を受けた事実を認めることができる。
右認定を左右する証拠はない。
されば、右大八が原告のため代理人としてなした前記買受け契約は正当代理権に基く有権代理行為であるから前記無権代理を理由とする被告の取消の主張は、採用の限りでない。
被告は「仮りに大八に従前代理権があつたとしても、原告は本件売買契約前の昭和二十年八月十三日既に戦死しているから、その時に大八の代理権は消滅している。)と主張し、乙第三号証(市長の証明書)第四号証(戸籍抄本)にはそれに沿う記載があるけれども、成立に争のない甲第六号証の一、二によれば、その頃のその地における戦況等からして、同方面に作戦の所属部隊が作業に従事した最終日の昭和二十年八月十三日に、当時もその所属部隊と原告が行動を共にしたものとして、その戦死したことを関係当局において認定しただけのことであつて、何も確証があるわけではなく、いわば、生死不明の状態が続いていて戦死の公算が大であるというのに過ぎないものであるから、これは失踪宣告の請求の事由となり得るまでのことであるといえるのである。もつとも失踪の宣告がいまだなされていない場合であつても、裁判所が当該訴訟事件において、その自由な心証によつて、死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の死亡を推定することは、もとより妨げのあるはずのものではないが、失踪の宣告がいまだないのに、その者の不利益のために、かるがるしくその死亡を推定すべきではあるまい。右乙第三、四号証は前記関係当局の戦死認定に適応させたものであり、従つて、これのみを以つては、原告の死亡を確認することはできないし、その他にもこれを認めるに足る証拠がないから、被告の前記主張は排斥の外はない。さすれば、原被告間に、本件試掘権についての売買が有効に成立したものといわなければならない。
つぎに売買の目的物が試掘権の全権利であるか、半権利に過ぎないものであるかの争点について、検討する。
成立に争のない甲第一号証及び原審竝びに当審における前記岡本大八の尋問の結果によれば、売買の目的物は右試掘権の全権利である事実を認めることができる。原審並びに当審証人緒方権太郎の証言中、右認定に反する部分は信用できないし、他にはこれを左右する証拠はない。もつとも甲第二、三号証乙第一号証によれば、被告からの右試掘権の譲受人は原被告の両名となつていて、あたかも原告の譲受け分は半権利ででもあるかのようにあるけれども、当審証人山本茂太の証言及び右岡本大八の尋問の結果によれば、これは巷間鉱業権の譲渡に当り、何かの事情で、登録上譲渡人と譲受人とが一応共同鉱業権者となり、その後共同鉱業権者の一人である譲渡人が脱退して譲受人を単独鉱業権者とする形式を踏んで、権利移転の実体関係に適合させる例があるが、原被告の前記各代理人において登録税か何かの関係で、右巷間の例にならつた登録手続をとろうとしたまでのことである事実を認めることができるから、右甲第二、三号証乙第一号証は前記認定の妨げとなるものではない。右岡本大八が昭和二十二年二月二十一日裁判所において、不在者原告の財産管理人に選任され、本訴提起につき同年六月十八日裁判所の許可を得た事実は当事者間に争がない。
されば、本件試掘権の売買を、半権利についてのものと認定し、原被告共同名義の登録手続を命じた原判決は不当であり、従つて原告の控訴は理由があり、被告の附帯控訴は理由がないから、原判決をその趣旨で変更し、附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用して、主文のように判決する。(昭和二四年四月六日福岡高等裁判所)